杏子の日記

算命学☆タロット☆ウチュウジン的つぶやき
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親の仕事

むかし、むかしのお話です・・・

サタリタのころ生まれた次男は、口がとても遅かったんです。
体の発達は早めで9ヶ月の終わりには歩き始めていましたが、中身の方は遅く1才児検診の時にはもうひっかかっていました。
それでもニコニコ元気で、次男坊らしくお兄ちゃんのあとをくっついて回り他の子供たちと遊び回っていたので、言葉のことは色々気にはかけてはいましたがそのうち話し始めるだろうと思っていました。

が・・・2才過ぎても一言も出ない(-""-;)2人目なんだから勝手に覚えるものかと思っていたのに・・・
そして検診などではやはり知能の発達が遅め。住んでいた市には「ことばの教室」というのがあって、年少の前の1年間に言葉の遅い子が集まって遊んだり専門の方にみてもらったりできるのでそちらに通うことになりました。

1クラス10人くらいで毎週いろいろなおもちゃで遊んだり、手遊びしたり、体を使う遊びもします。割合は8:2で男の子が多かったです。そしてその曜日は第2子が多かったです。上にしっかりもののお姉ちゃんがいたりすると言わなくても用が済んでしまったりで言葉が遅いことも多いとか。

春からクラスが始まり、半年を過ぎると一緒に通っていた子たちは最初に比べると格段にお話しできるようになっていました。
しかし、うちの子は言葉は一つも出ていませんでした。私の話す内容はほぼわかっているし、ボディランゲージの天才でコミュニケーションは困らない。色々やれることはやっているのにどうして言葉がでない??このままずっと話せない??
クラスが終わった後、裏に公園があって2人で遊びに行きました、落ち葉がたくさん落ちている公園でどんぐりを必死に拾っている次男を見ながらぼーっと考えていたのを覚えています。
待つしかないんだ。待つってこんなに難しいことだったのか。
だから勉強みたいな感じでこの子は生まれてきたのかしら・・・

それでも春になって幼稚園の年少さんにあがるころにはほんの少し言葉がでました。
「〇〇(自分の名前)」「ママ」「あかん」の3語で入園。上の子と一緒に幼稚園に通ったのでそれほど心配はしていませんでしたが最初はたいへんだったみたいです(先生が)。そして通ううち、少しずつ、少しずつ言葉が増えていきました。

そして年中で転勤。次の市でも言葉の教室を紹介してもらい通いだしました。
ここの市では言語療法士の先生がついてくれることになりました。
年中のころにはだいぶ話せるようになっていましたが、発音がおかしいところが結構ありました。
一番大きかったのが「たちつてと」が「かきくけこ」になってしまうこと。
「ピカチュウのどきどきかくれんぼ」という映画を「ピカチュウのごきごきかくれんぼ」って言ったときは悪いけど爆笑してしまいました。

言語療法士の先生は「お母さんは絶対言葉を直さないでください」とおっしゃいました。
これがいけないことはとても理解できました。つい間違えた発音をすると「こうだよ、もう一回いってごらん」とお母さんってやりたくなっちゃうんです。私も何度もやってしまいました。次男はあまり気にするタイプではありませんでしたが気にする子はたとえば「さ行」を全部抜いて話すようになってしまうそうです。そんなことができてしまうんですね。


「どうやって発音なんて直すの?」と思いましたがさすがプロ、少しずつ発音は治っていきました。
小学校1年の時に言葉の教室は卒業できました。


子供の成長において、親が邪魔になってしまうことがあるのですね。
植物のように種をまいたら、必要な水、必要な日光、そしてあとは待つだけ。
芽が出ないからってあせって掘り返したら元も子もなくなってしまいます。
甘いトマトを作るには最小限の水でひからびさせるように育てるというのを見たことがあります。そうすると茎やトマトからうぶ毛のようなのが生えて空気中の水分をとろうとするらしいです。こんな風に最低限で育てたほうがいい子もいるのでしょうね。
親の仕事は必要なことだけ与えて、あとは待つだけなんじゃないかな~~と思います。
本当に難しいです。
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